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出産が骨盤底にもたらす負荷とは?
経膣分娩では、骨盤底筋群とその神経支配系が大きな機械的ストレスを受けます。
- 肛門挙筋などの筋群が強い伸展を強いられる
- 陰部神経(pudendal nerve)などの末梢神経が伸張・圧迫される
➡ Sultanら(1994)の研究では、32%の初産婦に陰部神経障害の所見が認められています。
どれほど神経は伸ばされるのか?
Lienらの3D解剖モデル研究より
- 陰部神経の最大伸長率:35%
- 下直腸神経枝(肛門括約筋支配)でも15%超
➡ これは四肢末梢神経の損傷閾値を超えるレベルであり、分娩が神経損傷リスクを孕むことを示唆します。
産後に起こりうる代表的な神経障害
① 陰部神経障害(S2–S4)
- 尿・便失禁、性交痛、会陰部知覚異常
- 慢性陰部痛や座位誘発性疼痛にも注意
② 腰仙骨神経叢障害(L4–S4)
- 足関節背屈不能(foot drop)が主症状
- 分娩時の姿勢や胎児の体重が関与
③ 大腿神経障害(L2–L4)
- 膝折れ、歩行不安定、大腿前面の感覚低下
- 長時間の開脚体位や帝王切開時の開創器が誘因
比較的見逃されやすい神経障害
- 外側大腿皮神経障害(L2–L3)
- 灼熱感、アロディニア、触覚過敏(Meralgia paresthetica)
- 閉鎖神経障害(L2–L4)
- 股関節内転障害、大腿内側の知覚低下
- 坐骨・総腓骨神経障害
- 足下垂、腓骨頭圧迫による感覚・運動障害
神経障害性疼痛の特徴:どう見抜くか?
- 刺す/焼ける/電気のような痛み
- アロディニア(軽い触刺激で痛み)
- 感覚脱失と過敏の混在
- 特定体位(座位・歩行)で誘発される
発症のタイミングと進行パターン
タイプ | 出現時期 | 主な症状 |
---|---|---|
即時型 | 産後直後 | 足下垂・膝折れ |
遅発型 | 数日〜数週間 | 会陰違和感・排泄困難 |
慢性型 | 3か月以上 | 慢性会陰痛・脱力・感覚障害 |
予防と早期評価:臨床での実践ポイント
【予防策】
- 長時間の外転・屈曲体位の回避
- 膝部・腓骨部の圧迫対策
- 器械分娩時の技術・タイミング配慮
【神経スクリーニング】
- 足背屈・股関節内転・肛門括約筋機能の左右差確認
- 大腿~会陰~足背の感覚評価
- 排泄・性機能の問診
最新リハビリと治療展望
- PFMT(骨盤底筋訓練):ICS/IUGAで第一選択推奨
- TENS:神経再生・痛み緩和の可能性
- 教育・セルフケア:患者の自己効力感を育む
➡ 個別化された神経リハ(Precision Pelvic Rehab)へ進化中
神経損傷の回復経過と理学療法対応
損傷レベル | 回復期間 | 主な対応 |
---|---|---|
軽度(伝導遅延) | 数週間 | 経過観察+軽運動 |
中等度(軸索損傷) | 数ヶ月〜1年 | PFM再教育+電気刺激 |
重度(断裂) | 長期〜不全回復 | 補装具+多職種連携支援 |
🧩理学療法士ができること
- スクリーニング力:痛み・運動・感覚の精査
- 専門評価:骨盤底筋・神経支配筋の機能評価
- 連携と説明:他職種との連携+患者教育
➡ 特に「痛み=恥ずかしい・説明しにくい」と感じる患者に寄り添う姿勢と知識が重要です。
🔚まとめ|産後の神経障害を“見逃さない”ために
- 出産は神経への侵襲が伴う自然現象
- 理学療法士には知識・評価・対話力の3つの武器が求められます
- 予防・早期発見・早期介入で、QOL低下を防ぐ役割を担いましょう
📌よくある質問(FAQ)
- 出産での神経損傷はどのくらいありますか?
-
発生率は0.3〜2%。軽微な異常も含めればさらに多いと考えられます。
- どんな症状が注意サインですか?
-
会陰部のヒリヒリ、足が上がらない、尿意・排便感の異常など。
- 神経損傷は自然に治りますか?
-
軽度なら2〜8週間で回復、中等度以上は理学療法が必要です。
- 骨盤底筋トレは神経回復にも効きますか?
-
有効です。神経再教育と筋力改善に寄与します。
- 患者にどう伝えるべき?
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「多くの方に起きる神経の変化です。正しく対処すれば改善します」と伝え、安心感を提供しましょう。