── 現代の臨床と教育における、疼痛教育の新たなスタンダード
🔍 PSEは“標準的ケア”の一部へ
かつて「痛みの教育」といえば、構造や炎症の説明にとどまっていました。しかし今、Pain Science Education（PSE）はそれを超えて、慢性痛への標準的アプローチの一環として位置づけられつつあります。
例えば：
- 腰痛、線維筋痛症、骨盤痛などの慢性痛リハビリ
- 専門クリニックでの初期介入の一部
- 運動療法や心理療法との並行実施
これらにおいて、「痛みはどこから来るのか？」を神経科学の視点から伝える教育が、実践的に組み込まれています。
🎓 患者教育の工夫と多様化
PSEでは、患者の納得感と自己理解を重視します。そのため、今海外では教育素材も進化してきています。
- Butler & Moseley の『Explain Pain』をはじめとする図解教材
- 「脳の警報装置」などの比喩的表現の増加
- 患者向けパンフレット・動画・オンライン教材の活用
目的は、患者の痛みに対する理解を深め、行動変容につなげることです。
🧑⚕️ 医療者教育にも“PSEの地盤”が
PSEは、患者教育だけでなく、医療者自身の教育にも浸透しています。
✅ 海外での実例：
- 英国の医療系大学では、疼痛科学がカリキュラムに正式導入（British Pain Society, 2018）
- サウジアラビアではPNE研修受講後、理学療法士の態度と知識が顕著に改善（JPAIN誌報告）
つまり、「PSEを語れない」まま患者に向き合うことが、時代遅れになりつつあるのです。
📊 PSEの臨床的アウトカムとは？
PSEの効果は、次のような指標で評価されます：
- 痛みに関する知識の向上
- 「動くと悪化する」などの誤った信念の修正
- 破局的思考（Catastrophizing）の軽減
- 自己効力感（self-efficacy）の向上
近年の系統的レビューやRCTでも、PSEは運動療法などと組み合わせることで痛み・機能・心理面すべてに有効性を示しています。
例：2022年PAIN誌のレビューでは、慢性筋骨格痛患者において運動療法＋PSEの群が、運動単独群よりも明確に改善効果を示したと報告されました。
⚠️ 現場での課題：PSEは“万能”ではない
とはいえ、PSEが誰にでも同じように効果をもたらすわけではありません。
最近の研究（Pain Reports誌, Wittinkら, 2023）では、「PNEの内容が難しすぎて理解できなかった」という患者の声が数多く報告されています。
この背景には：
- 健康リテラシーの差
- 専門用語の多さ
- 一方向的な情報伝達
といった問題があります。
💬 患者との“共創”としてのPSEへ
これからのPSEでは、「教える」よりも「共に意味をつくる」という姿勢が重要になります。
- 患者の理解度や反応に応じて言葉を変える
- 図解やアニメーションなどビジュアル教材を活用する
- 一方的な講義ではなく、双方向的な対話・気づき型の教育を行う
つまり、PSEとは“受け身の説明”ではなく“主体的な学び”を引き出す教育技術なのです。
🧩 まとめ｜PSEは“説明”ではなく、“変容”を生む技術
今、Pain Science Educationは単なる知識提供にとどまりません。それは、患者にとっても、医療者にとっても、痛みと向き合う“意味”を変えるプロセスです。
✅ 痛みを理解することで、恐怖と向き合える
✅ 行動変容を促し、自己管理を支える
✅ 教育とケアが融合する、現代的な治療スタイル
PSEは、臨床・教育・リサーチの接点に立つ“変容的アプローチ”として、今後ますます必要とされる存在となるでしょう。
📚 参考文献
- Ram A, Booth J, Thom JM, Gibbs MT, Jones MD. Are Improvements in Pain Neurophysiology Knowledge Following Pain Science Education Associated With Improved Outcomes in People With Chronic Pain?: A Systematic Review and Meta-analysis. Clin J Pain. 2023 Jan 1
- Fechner R, Verhagen A, Alcock M, Norton J, Stubbs PW, Harrison LE, Pate JW. The Effectiveness of Pain Science Education on Caregiver and Children’s Knowledge, Beliefs, Attitudes, and Behaviors-A Systematic Review and Meta-Analysis. J Pain. 2024 Sep;25
- Siddall B, Ram A, Jones MD, Booth J, Perriman D, Summers SJ. Short-term impact of combining pain neuroscience education with exercise for chronic musculoskeletal pain: a systematic review and meta-analysis. Pain. 2022 Jan 1
- Menés Fernández L, Salvat I, Adillón C. Effectiveness of a pain science education programme in middle school students: a randomised controlled trial. Front Public Health. 2024
